坂東登喜代・野里行
日本舞踊のお稽古をとおして
身につく3つのこと
1
日本舞踊のお稽古にかようとまず、ご自身だけで、綺麗に、お着物を着られるようになります。毎回必ず「ゆかた」か「着物」に着替えて行うお稽古——おどりのお稽古に通いながらも、いつしか、おひとりで、しかもご自分の体型にあった自然な綺麗な仕方で、お着物を着られるようになります(当稽古場ではもちろん、慣れるまで着付けのサポート、指導をいたします)。
お着物を綺麗に着られる、ということは、お着物が着崩れない動きを知る、ということでもあります。腕を大きく動かしすぎると、エリがはだける——大股で歩きすぎるとスソが乱れる——などなど・・・自分で着物を着るからこその気づきがたくさんあります。そして、その気づき、着崩れないような動きこそ、姿勢がよく美しい所作である、とされます。腕を大きく動かしすぎない——大きな歩幅で歩き すぎない——などなど、いつの間にか、着物が着られるからこその美しい所作が身についていきます。
2 日本の伝統・文化に敏感に
お稽古では、日本の四季・風俗・行事にも敏感になり、また土地の歴史についても、それまでよりも一層、意識的になります。なぜなら、日本舞踊の歌詞のなかには、「日本橋」や「浅草」、「富士山」などの土地の名前が出てくるだけでなく、その土地での行事、たとえば「お正月」や「五節句」、「酉の市」の様子が、かつての人々の心情とともに綴られるからです。
また私ども講師が所属する坂東流は、江戸時代からつづく流派であるがゆえに、おどりの振付のなかに、江戸時代の所作や、当時の感情・感覚・風俗や文化などが埋め込まれています。いわば、おどりの中に、江戸の文化・日本の伝統が、冷凍保存されているワケです。お稽古はそうした伝統文化を解凍する作業——日本の文化を
、まさに「身をもって」体感できるわけです。あなたも伝統の担い手に
3 自分だけの「芸」をはぐくむ
お稽古は、「自分と向き合う時間」でもあります。「自分だけの綺麗な所作」を見つけるために、ご自身の身体に耳を傾ける——それがお稽古だからです。体型も体重もことなる皆さまが、「自分にとっての綺麗さ」を見つける——そうしたお稽古をつづけていくうちに、いつの間にか、自分だけの「芸」、あたらしい自分を見つけることにもなります。お弟子の皆さまのお声はコチラから。
日本舞踊とは
「歌舞伎とは何が違うんですか?」と、よく問われます。
日本舞踊は、歌舞伎から生まれたもの
歌舞伎=江戸に生まれた演劇
その演劇の、おどりの部分が独立したものが、のちに「日本舞踊」という名で、独自の発展をした
つまり、日本舞踊は、歌舞伎を母体として、独自に進化していったもの
演劇である歌舞伎が母体ということは、当然、おどるとき、何かの役になります。たとえば一般の町人だったり、市中を練り歩く物売りだったり、吉原の遊女だったりします。
物売りを踊るときは、物売りであることをお客さまに解っていただけるようにおどります。たとえば「水売り」という役になりきって踊るときは、水を入れた桶を担ぐ仕草をしながら、実際に重くなくとも、桶が重そうに、そして水をこぼさないようにして、しかし商売人としての軽快さをもって動きます。つまり、水売りがそうであったであろう所作を、まるで水売りのような雰囲気で、作り上げていくわけです。
歌舞伎との大きなちがいは、日本舞踊には「素踊り」というものがある点です。歌舞伎では、衣裳をきて、化粧をし、かつらを被る、いわゆる「扮装」をして、何かの役になりきって登場しますが、日本舞踊ではそうした扮装をせず、和服の礼装でおどる場合があります。男性であれば、紋付袴で、化粧もせず、かつらもせず、おどるこれを「素踊り」といいます。「素肌」「素足」と同じように「素」、つまり何もつけていない状態で、おどるから「素踊り」というわけです。
素踊りは、扮装という助けがありませんから、何かの役になりきるのも、身体の動き一本勝負です。動きだけで、何かの役に見えるようにするわけです。素踊りでは扮装がないので、何の役にも、切り替わることができます。たとえばこれまで町人だったのが、急に町娘になったり、急に物売りになったりするわけです。その切り替えを作るのが、身体の動きであり、身体の動きの指針となるのが、かつての江戸の人々の所作なわけです。
身につくこと
以上のことからも、日本舞踊を通して身につくであろうことが、いくつか発見されます。
